息子の大学受験は、全く思い通りに行かなかった。
今は国立出願と私立受験が終わって、二次に向けて頑張っている(はず)。
親はデータ収集などをして、サポートに徹した。
- 出願倍率が毎日更新されて、気持ちが落ち着かない
- 合格最低点を過去データから必死に推測する
- 共テ難化で「今年は例年が通用しないかも」と不安になる
出願してからも、
「本当にこの学科でよかったのかな」
「もう少し安全な選択肢もあったかも」
そんな考えが、何度も頭をよぎった。
でもある日、ふと思った。
これ、投資のとき似ている!!!と。
相場が下がると不安になる。
指標がブレると、自分の判断を疑いたくなる。
でも結局、最後に結果を分けるのは、
事前に立てた戦略を、どれだけ冷静にやり切れるか。
受験も投資も、構造はよく似ている。
今日はそんな話を書いてみる。
倍率が動くと、焦る。
国立2次出願後、倍率チェックしていて倍率が1.9倍から2.4倍に上がったとき、
正直、心臓がきゅっとした。
「まだ増えるかもしれない」
「郵送分が来たら、もっと上がるよね」
数字を見れば見るほど、不安は増える。
これは投資でも同じで、
- 株価が急落したとき
- 想定より悪いニュースが出たとき
人は「今の判断は間違っていたのでは?」と考え始める。
でも冷静に見ると、
倍率が上がったからといって、
自分の実力が下がったわけではない。
相場が下がっても、
保有している企業の価値が急にゼロになるわけではない。
数字の変化=自分の価値の変化
と錯覚しやすいところが、一番の落とし穴だった。
「事故年狙い」は、受験でも投資でも危ない
受験データを見ていて、はっきり思ったことがある。
「事故年を狙う」発想は、やっぱり危ない。
各大学の試験結果過去データで、異様に倍率が低く合格最低点も低い年が急に現れることがあった。
倍率をギリギリまでチェックして、候補の中で一番倍率が低いところを選べば、もしかしたらワンランク上の大学に合格するかも・・・?と思ったりもした。
- 共テが難化したから最低点が下がるはず
- 倍率が低い年だからラッキー
こういう期待は、当たることもあるけど、外れるとダメージが大きい。
投資で言えば、
「この銘柄は割安だからそのうち上がるはず」
と、根拠が弱いまま突っ込むのと同じ。
実際のデータを見ると、
難化した年でも合格最低点が上がることは普通にあるし、
不安な人が安全側に流れて、倍率が逆に上がることもある。
だから大事なのは、
事故に期待することじゃなく、耐えられる設計かどうか。
結局、勝敗を分けるのは「二次を安定させる力」
最終的にたどり着いた結論は、とても地味だった。
- 倍率がどうなるかは、完全には読めない
- 合格最低点も、最後まで確定しない
- でも、自分が二次で何%取れるかだけは、積み上げで変えられる
投資でも同じで、
相場の方向は読めなくても、
- 積立を続ける
- リスクを取りすぎない
- 生活を壊さない
ここは自分でコントロールできる。
「二次で安定して点数を取れるか」
この問いに集中するしかない、と腹をくくった。
親の役目は、正解を当てることじゃなかった
今回いちばん難しかったのは、実はここ。
親として、
「もっと安心な選択があったのでは」
と考えてしまう時期があった。
でも、考え続けて気づいた。
親の役目は、
- 正解を当てること
- 結果を保証すること
じゃなくて、
不安を背負いすぎないこと
子どもが集中できる環境を守ること
本人が納得できる選択をしてもらうこと
だった。
投資でも同じで、
毎日相場を見て不安になっても、
家族の生活が良くなるわけじゃない。
だから私は、
「やることはやった」
「あとは本人が積み上げたものを信じる」
と決めた。
正直親はサポート役で、ヤキモキすることが多いし、胃が痛くなる。
でも、正直、働きながら塾送迎や生活のサポート、燃え尽きるほどやり尽くした。
これでダメなら仕方ない!
そう思えるので、清々しい気持ちで来年度を迎えられるはず。
(来年度は娘が高校受験・・・内部進学なので一番上のクラスに入ることが目的ですが、
いい塾をそろそろ見つけなくては。)
まとめ 受験も投資も、「揺れながら続けるもの」
倍率は最後まで揺れる。
相場も、きっとこれからも揺れる。
でも、
- データを整理して
- 自分の立ち位置を確認して
- やるべきことを淡々と積み上げる
これしか、できることはなかった。
受験も投資も、
不安がゼロになる日は来ない。
それでも、
「自分なりに考えて選んだ道を、やり切る」
それが一番、後悔が少ない。
今はただ、
二次で力を出し切れるよう、静かに見守るだけ。
この経験はきっと、
受験が終わったあとも、
投資や人生の判断で、何度も思い出す気がしている。
